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2013年9月発行

重版 難解な法律概念と裁判員裁判
司法研修所編
書籍コード 21-04 A5判 304頁  
[「はじめに〜研究の目的と趣旨」より]
 裁判員は,重大な刑事事件について,公判の審理に立ち会い,評議に出席して,事実の認定,法令の適用,刑の量定について意見を述べることにより,裁判体の判断に直接関与する。裁判員が自ら主体的・積極的に関与することが不可欠となるわけであり,裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(平成16年法律第63号。以下「裁判員法」という。)51条,66条5項等の諸規定も,このような関与を可能とする「裁判員に分かりやすい審理」を目的としたものである。すなわち,裁判員裁判においては,法律の予備知識がなくとも,事実の認定,法令の適用,刑の量定について,裁判員がその意味するところを理解した上で意見を述べることを可能とするような審理を実現することが要請されている。
 もっとも,それは,単に専門用語を分かりやすい言葉に置き換えた審理をすることを意味しない。法律概念には,その本当に意味するところを正確に表現する定義,定義を構成する要件があり,それは実体法とそれが適用される様々な社会的事例に対応した裁判例によって意味が付与されている。これは刑事裁判の世界の先賢の叡智の結集といってよい。もちろん,分かりやすい言葉への言い換えを工夫することは意味あることであるが,用語・法律概念の定義・要件を平易な日本語で言い換えてもことの本質を伝達しきれるものではないことは,その定義・要件がいかに成立し,形成されてきたかを考えても自明の理であろう。用語・法律概念の本質的な理解が不十分なまま,置き換えられた言葉のイメージや表面的なニュアンスだけで議論するというようなことがあってはならない。
 本研究は,裁判員に分かりやすい審理の実現のために,専門用語の平易化という道を選ぶのではなく,各用語・法律概念の本当に意味するところを,刑事法に関するこれまでの研究成果と裁判例を分析することによって検討し,これを裁判員に伝えるための説明方法を考えようとするものである。これまで実務で蓄積された判断の内容や手法について,なぜそのように判断してきたのかという実質的なところを説明することによって,実務において用いられてきた物差しを示した上,これを踏まえた審理・評議を行って議論を尽くし,場合によってはその物差しの当否をも検討するなどして,はじめて充実した審理・評議が可能になると考える。
 裁判員に説明を要する難解な用語・法律概念は多数にのぼる。また,同じ概念であっても,当事者の主張の仕方や争点により説明方法も異なる。裁判所と両当事者により,具体的な事案や争点に応じた説明方法をその都度検討するという作業が必要となるのである。本研究においては,これまでに行われてきた模擬裁判の結果等を踏まえ,裁判員対象事件で扱われる機会が多いと見込まれる,殺意,正当防衛,責任能力,共謀共同正犯(正犯と従犯の区別),そしてやや特殊な問題として少年の刑事事件における保護処分相当性を取り上げたが,これらの概念は,上記の方法論を検討するに当たっての素材にすぎない。
 本研究の過程では,一定の概念について,必ずしも共通の理解の下に審理・判断されていないのではないかというものもあるように思われた。この研究の難しさは,そのような点にも一因があると考えるが,裁判員に示す物差しとしては,共通の理解とされている部分,本当に意味するところとされている基本的な部分である必要があろう。このような観点から,学説や裁判例を分析し,司法研修所の研究会における意見交換,各地で行われた模擬裁判の結果,あるいは裁判員役として参加された方々の御意見をも参考にさせていただきつつ,議論を重ね検討を続けた現段階での結果が,本研究報告である。
 本研究報告は,もとより各概念に関連する判例の総合的評釈ではないし,民事訴訟における要件事実に相当する事項を列挙したものでもない。また,裁判員に分かりやすい審理の網羅的マニュアルでもないし,そのまま活用することを目的とした実践的マニュアルでもない。裁判員が理解に困難を生じることが考えられる典型的な概念を素材としつつ,難解概念の説明方法やそれを踏まえた審理方法を探求するための一つのヒントを示そうとするものである。その際には,当該概念の本当に意味するところを追求した上,それを理解するために主張・立証が求められる事実,更には主張・立証が必要とされる理由という点を特に意識して顕在化するということも必要となろう。また,複雑な法律解釈のときには,何を判断の対象とすれば分かりやすいのかという視点も大切であろう。そして,このような研究の方法や結果が,それぞれの事案において,分かりやすい審理の実現のために,公判前整理手続,公判審理,評議の各場面で法曹三者が何をしなければならないかを具体的に考える契機になればと思われる。
 なお,研究の成果を多くの方に活用していただくため,本報告本文は,結論と簡単な理由を記載した比較的短いものとし,研究のために参考にした学説や裁判例,模擬裁判での裁判員役の方々の御意見等については,本文から検索が容易な形式で資料編として編纂した。
目次
第1 本 編
  1 総 論
  (1) 法律概念が難解な要因等
  ア 法律概念の定義・要件の難しさ
  イ 法律概念の当てはめの難しさ
  ウ 検討対象とした法律概念
  (2) 難解な法律概念が問題となる裁判員
  裁判の審理
  ア 裁判員裁判における審理の在り方
  イ 難解な法律概念が問題となる裁判員
 裁判の審理で留意すべき事項
  (ア) 難解な法律概念の本当に意味す
   るところに立ち返った説明
  (イ) 法律概念に関する判断対象の簡
   素化,明確化
  (ウ) 法律概念に関する当事者の主張
   の実質化
  (エ) 法律概念についての共通認識と
   反復的説明
  2 各 論
  (1) 殺意
  ア 問題の所在
  イ 殺意の本当に意味するところに立ち返
 った説明
  (ア) 殺意,特に未必の殺意に関する
   学説
  (イ) 裁判例における殺意のとらえ方
  (ウ) 裁判員に対する殺意の説明の在
   り方
  ウ 殺意を判断する上で重視されるべき
 要素及びその位置付け
  エ 殺意が争われる場合の当事者の主張
 の在り方
  (2) 正当防衛
  ア 問題の所在
  イ 正当防衛の判断対象の簡素化・明確
 化
  (ア) 争点に応じた判断対象の設定
  (イ) 基本的な類型(侵害の予期がなく
   防衛意思に争いがない類型)
  (ウ) 被告人の加害意思が争点となる
   類型
  I 侵害の予期があり積極的加害意思
 があった旨の主張
  II 侵害の予期はなかったが専ら攻撃
 の意思であった旨の主張
  III 防衛行為の相当性の主張
  (エ) けんか闘争・挑発行為等が争点
   となる類型
  (オ) 誤想防衛等が争点となる類型
  ウ 正当防衛が争われる場合の当事者の
 主張の在り方
  (3) 責任能力
  ア 問題の所在
  イ 責任能力の本当に意味するところに立
 ち返った説明
  ウ 責任能力が争われる場合の当事者の
 主張の在り方
  エ 関連する概念等の説明
  オ 責任能力に関する鑑定手続の在り方
  (ア) 鑑定意見の在り方
  (イ) 口頭報告の活用
  (ウ) 口頭報告の方法
  (エ) 事前カンファレンスの活用
  (オ) 複数鑑定の問題
  I 捜査段階の鑑定
  i 捜査段階の正式鑑定
  ii 簡易鑑定
  II 公判前整理手続段階の鑑定
  i 鑑定資料
  ii 条件付き鑑定
  iii 鑑定人の公判立会い
  iv 再鑑定
  III 複数鑑定が避けられなかった場合
  (4) 共謀共同正犯(正犯と従犯の区別)
  ア 問題の所在
  イ 共謀共同正犯の本当に意味するところ
 に立ち返った説明
  ウ 共謀共同正犯の成否を判断する上で
 重視されるべき要素及びその位置付け
  (5) 少年法55条の保護処分相当性
  ア 問題の所在
  イ 保護処分相当性に関する主張・立証
 の在り方
  ウ 社会記録の取扱い
  3 終わりに〜研究の結果と今後の展望
第2 資料編
  資料1-1 「故意に関する学説状況」
  資料1-2 「犯行態様ごとの殺意の判断要素及びその軽重の分類」
  資料1-3 「模擬裁判(いわゆる谷川−事件)における殺意の説明例と裁判員の感想等」
  資料1-4 「刃物による殺人事犯における殺意に関する裁判例一覧」
  資料2-1 「正当防衛に関する裁判例分析一覧表」
  資料2-2 「模擬裁判(いわゆる山本純子事件)における正当防衛の説明例と裁判員の感想等」
  資料2-3 「正当防衛の主な争点に関する裁判例の整理」
  資料2-4 「正当防衛に関する裁判例分析詳細表」
  資料3-1 「模擬裁判(いわゆる森一郎事件)における責任能力の説明例と裁判員の感想等」
  資料3-2 「責任能力に関する裁判例分析一覧表
  資料3-3 「責任能力に関する裁判例分析詳細表
  資料3-4 「責任能力が問題となった裁判実例の類型
  資料3-5 「責任能力が求められる理由及び医療観察法上の制度の説明案」
  資料3-6 「裁判員制度における精神鑑定に関するアンケート集約結果」
  資料4-1 「共同正犯に関する裁判例分析一覧表」
  資料5-1 「衆議院法務委員会における提案者の答弁」